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美容外科で2年間に11回もの手術

2011年03月05日

主婦・中村久子(60・仮名)が訴訟をおこす決心をするまでの経緯。最初は、右目の脇の小さな白い脂肪の塊が気になっていた。大きくなっていったらいやだなと思い、行きつけの大学病院のインフォメーションへ相談すると、「形成外科へ行きなさい」と指示された。その病院では、形成外科の看板の下に小さく「美容外科含む」と書いてあった。久子は形成外科で初診を受けた。医者は脂肪の塊をとるのと同時に、両目の下の脂肪をとれば「すっきりして見られるようになる」と、久子に若返り手術を勧めた。「簡単にきれいになりますよ、費用も本来なら自費だけれど、今回は特別に保険でやってあげますから」と医者は言った。「それでつい、受けますと答えたんです」。久子はため息をついた。「実はね、若返り手術をしたいなんて思ったことはなかったんだけれど、老いていく自分がどこか不安でした」。久子は若い頃、よく周囲から美人だと誉められていたという。「たまに会った幼なじみに、『昔はそんなじゃなかったのに』と冗談半分で言われたりすると、年取ったなあ、おばあさんなんだなあ、とすごく情けなくなることがありました。旦那さんを亡くした友達が、『もう一度、青春を取り戻したいから、美容整形で全身若返って再婚するつもり』と言ってたのも耳に残っていて…」。医者は脂肪をとる場所を簡単に説明し、手術の危険性や副作用についてはいっさい触れなかったという。そして久子は約1カ月後に脂肪をとり、たるみをなくす若返り手術を受けた。手術後に出血はほとんどなかったが、右目の下はつるような感じがした。ばんそうこうがフカフカしていたのでトイレに行ってはがして見たら、右目が“あっかんべえ”になっていた。脂肪をとりすぎたせいだった。「その顔を見た時は、ショックで奈落の底に落ちてしまいました。もう生きていけないと思うくらいで…。けれど医者は、『人前に出るのが恥ずかしかったらサングラスでもしたら』なんて調子なんですよ。失敗した意識は多少あったらしく、次の診察の時に修正手術をする、という話になりました」。2カ月後、耳の下から脂肪をもってきて目の下に入れる修正手術をしたが、これも失敗する。「病院へ行く以外、家から一歩も外へ出られないような状態になりました。家の中はぐちゃぐちゃ、私は泣くわ、喘息の発作はでるわ、もう最悪でした。主人は脇で見ているだけでどうすることもできなくて、たいへんだったと思います」。すがるような気持ちで2週間後に再び修正手術を受けた。しかし今度は左の目尻の上下がくっついてしまった。医者になんども電話で相談したが、『傷口が落ちつくまで時間がかかる』と、つれない返事が返ってきた。しばらくして目尻部分の修正手術を受け、いったんは落ちついた。けれども医者は今度、『あなたはまぶたと目の下の部分のバランスがとれていない』と言い出したんです。下の脂肪をとってしまったので、まぶたの方も脂肪を抜いた方がバランスがいい、と言われて」。医者はしきりにまぶたのたるみをとる手術を勧めた。実はこの医者はまもなく大学病院を出て自分のクリニックを開設する予定になっていた。1件でも手術数を増やしたかったのではないか、と久子は言う。その4カ月後、久子は勧められるまま両まぶたの脂肪をとる手術を受けた。しかし今度は左まぶたの脂肪をとりすぎて失敗、三重まぶたになってしまう。なぜ1度失敗した時点で医者を変えなかったのですか?なぜ次々に手術を受けてしまったのですか?私の質問に久子は大きくうなずいた。「…誰か第三者にそんな質問をされていたなら、ふっと熱が醒めていたかもしれませんね…医者の話はごく単純で、『手術すればきれいになる』と繰り返すだけだったんですが…」。中年女性や主婦層の潜在的な若返り願望は、年々強まっている。高級美容液やシワ取りクリームやらエステやら数々の若返り商品が、中年女性の奥底に眠る欲望をゆさぶり起こしている。「保険証に主人の年齢が書いてあるんですね。年下なんですよ。それを見た医者が、『ご主人がお若いんだもの、あなたも若くしなくちゃ』って言ったんです。その一言でした。ズキリと痛いところをつかれた感じがしたんですね」。言葉は魔力を持っている。完全に主導権を握られていたと思う、と久子は言った。「診察室というのは密室なんです。専門家にきっぱりこうだ、と言われると、そんなものかな、と信じてしまうんですね。今思うと、手術に踏み切ったというよりも、押し流されてしまった感じ。話が先へ先へと進んでいくのを止められない。もちろん私の腰がしっかり座っていたら、こんなことにはならなかったのでしょうけれど、相手も女の弱いところをよく知っていたんです。手術は局部麻酔ですから、電気メスを使うと自分の肉の焦げた臭いが漂ってきて、とてもイヤでした。私、緊張すると同じところが痒くなるんです。動けないものだから、『先生、ちょっと掻いてください』って頼むでしょ。すると『あんたって、いつもそうなんだ』って、ピシャッときつい感じで言われてしまって。手術台に乗ったら捕われた獲物みたいに逃げ場がないんですよね」。そして半年後、へこんだまぶたに脂肪を入れて植皮をした。2カ月後にさらに2度にわたる修正手術を受けた。しかしうまくいかない。医者はとうとうお手上げと思ったのか、別のクリニックの医者を呼び、修正手術を任せた。新しい医者は久子の腕の脂肪をとってまぶたに入れたが、今度は脂肪を入れすぎてまぶたが太鼓のようにパンパンに膨らんでしまった、という。その間に久子はノイローゼになり、精神科へ通っている。「心臓神経症」と診断された。5カ月後、新しい医者の方のクリニックへ通院したが、左目のまぶたは膨らんだままだった。ステロイドホルモン注射をしたが効果なく、再び左まぶたの脂肪をとる手術をしたが、これも効果なし。さらに4カ月後、部位を変えて目尻寄りとまぶたの脂肪を取る手術をしたが治らず、この時点でカルテには「一連の修正手術を終わりにする」とあった。2年間に久子が受けた手術はなんと11回におよび、入院3回、実質通院日数は50日にものぼっていた。久子の左目のまぶたは腫れ上がったままで常に涙が流れ、周囲は度重なる麻酔注射や皮膚の切開で知覚異常になっていた。このまま泣き寝入りはできないと、夫は久子を連れて大学病院へ足を運んだ。「問題の医者と弁護士、事務の方が揃っていて、私の顔を見て『どんなにひどい“あっかんべえ”かと思っていたら、たいしたことないじゃないですか、どこが不満なんですか』って言うんです。主人は怒りで青くなっていました。この時です、訴える決心をしたのは」。私は久子の話を聞き、美容外科という医療の特殊性を思い知った。健康体にメスを入れるということは、客観的には見えない「疾患」を自分あるいはまたは医者が作り出すということでもある。「この点が醜い」と判定したとき、「醜さ」は初めて顕在化し存在することになる。そしてメスを入れた時から、医者と患者の深い関係が始まる。手術が1度で成功すれば問題はない。しかし失敗した場合、修正手術は非常にむずかしく、かといって中途半端にあちこちの病院を渡り歩いても、よい結果は生まれない。めんどうな修正手術をいやがる医者も多い。人間の体に傷を作るのだ。腫れがひいて傷口がきれいになるまでに、時間がかかるのは当たり前だ。しかし手術が失敗したと思ったとたん、患者は気が動転し、次々に新しい医者の元へ泣きついてはてはノイローゼになり、社会的な生活からドロップアウトしてしまう。これは医者と患者の間にしっかりしたコミュニケーションと信頼関係がない場合、多く見られるケースだ。「次こそはきれいに治るんだ、次こそは、って自分に言い聞かせて手術を続けてきたんです。本当に長かった。悔しくて悔しくて、最後に『私の目を見てください』という看板を首から下げてクリニックの前に立ってやろうかと思いました。でも娘が『それだけはやめて』って言うんです。裁判を決心してから、自分でもものすごく強くなった、と思います。それまでは家に閉じこもったきり家族以外の誰とも会えませんでしたから。たった今もどこかの美容外科でお嬢さんが手術してみようかしら、と思っているでしょう。そう思うのも無理はない。ちょっと鼻が高ければ男の子が振り返ってくれる、みたいな情報が溢れているんですから。私が裁判を決心したのは、安易に手術をする医者たちへの懲らしめのためなんです」。今も久子の左まぶたは腫れ上がったまま。しかし、危険をアピールするために敢えて私の取材を受けた久子は、「とにかく医者を法廷に引きずり出したいんですよ」と言った。

[参考]
http://www.inventury.com/site02.html


http://www.cassandracomplex.net/topic02.html


http://www.salvante.com/